稲束に露多きときは晴天となる いなたばにつゆおおきときはせいてんとなる 秋の夜に温度が下がるのは高気圧が上空を通るためで それが理由で翌日は晴天となるという事。 夜間に雲一つない天気であると 地表面から熱が奪われ温度が下がっていくので 露が下りてきて稲束につく程の場合は晴天の確率が高いという事だそうです。 晴天(せいてん) 晴れた空。 晴れ渡った青空。 [0回]PR 田舎の学問より京の昼寝 いなかのがくもんよりきょうのひるね 田舎で一生懸命に本などを読み勉強するより 都会に行って勉強を怠けていろんな場所へ出歩いたほうが見聞が広がるという事。 都会には人材が多く集まり それらの人たちと交流するだけで学ぶことが多くあり 人の少ない田舎でこつこつ勉強するよりよいという事。 これはネットなどがなかった時代の事なので 現代に当てはまるかはわかりません。 [0回] 田舎に京あり いなかにきょうあり 田舎にも賑やかな場所や繁華街などはあるという事。 不便な土地にも良い場所はあるという事。 京(きょう) みやこ。 首都。 京都。 など [0回] 居ない者貧乏 いないものびんぼう その場に居なかった人は分け前をもらう事ができず 言い訳を言う事もできないので色々損をしてしまうという事。 本人がいないところで悪口を言われたり 批判をされたりと本人だけが知らないという事。 不在(ふざい) その場に居ない事。 留守である事。 [0回] 井戸を掘るなら水の出る迄 いどをほるならみずのでるまで 物事をやり始めたら やり遂げるまであきらめない根気が必要であるという事。 井戸は水が涌いて価値があるものなので 途中でそれをやめてしまっては何の価値もないという事から。 困難な事であっても始めたのであれば 結果が出るまで頑張らなければいけないという事。 [0回] 井戸の端の童 いどのはたのわらべ とても危険な状態にある事のたとえ。 井戸端で幼児が遊んでいるのは落ちる可能性があり とても危険な事から。 井戸端(いどばた) 井戸の近く。 江戸時代の長屋では井戸の周りは住民たちが集まる広場の役割をしていて 子供たちも井戸の周りで遊びまわる事が多かったそうです。 童(わらべ) 子供の事。 [0回] 従兄弟はとこは道端の犬の糞 いとこはとこはみちばたのいぬのくそ いとこやはとこは沢山いるものだが 他人のような関係になってる事が多く 頼りにはならないという事。 犬のうんちは道端によく落ちているものだが 全く役に立たないのと同じだという事。 いとこ 自分の親の兄弟の子供。 4親等の親族。 はとこ 自分の祖父母の兄弟姉妹の孫。 6親等の親族。 又従兄弟(またいとこ)ともいう。 [0回] いとこ同士は鴨の味 いとこどうしはかものあじ いとこ同士の夫婦は仲睦まじいというもの。 いとこ婚(いとここん) 日本では直系でない限りは4親等以上離れていれば 血族同士の結婚は認められています。 [0回] 偽りの頭に宿る神あり いつわりのこうべにやどるかみあり 商人などは嘘を言いながら金持ちになるのを皮肉を込めて言った言葉。 神は善人だけでなく時には悪人にも幸福をもたらすという事。 皮肉(ひにく) 欠点や弱点を遠回しに非難する事。 皮肉と嫌味の違いは 皮肉は遠回しに相手を咎める事に対し 嫌味は直接相手を不快にさせる事が目的である事です。 [0回] 何時も柳の下に泥鰌は居らぬ いつもやなぎのしたにどじょうはおらぬ 一度うまく行ったからといって 次も同じことをしてうまく行くとは限らないという事。 一度柳の下にいた泥鰌を取ったことがあったとしても いつも柳の下に泥鰌がいるとは限らないという事から。 泥鰌(どじょう) 水田に生息し日本のほか中国・朝鮮・台湾などに生息する。 日本では柳川鍋や蒲焼きなどとして食べる。 [0回]