脛はぎの延びた奴 すねはぎののびたやつ 体ばかり大きくて何の役に立たない人の事。 脛はぎとは脛脛と書き、両方脛の意味で 足が長く身長の高い人の事を言ったもので 足ばかり延びて仕事などの能力は伸びない役立たず という意味からかと思います。 [0回]PR 脛に疵持てば笹原走る すねにきずもてばささはらはしる 世間に後ろめたい事がある人は 周りの目を気にしてビクビクしているのだという事。 脛に疵がある人は 笹原を歩くのにその葉っぱが脛の疵に触れたりして 痛い思いなどしないかと心配しながら早足で歩く事から。 脛に疵あれば田から走る 足に疵もてば笹原走れぬ 脛に疵あれば萱原を走らぬ 脛に疵あれば竹藪へとぶ 萱原(かやはら) 茅の生えた原っぱの事。 茅は古くは萱と書くのでこう呼ばれる。 茅とは細い茎と葉っぱから構成される植物の事で ススキなどがこれに当たる。 [0回] 脛に疵持つ すねにきずもつ 良心からの咎めを感じて苦しむような過去がある事。 人に言えないような後ろめたい事を隠している事。 後ろめたい事がある人が世間に対し堂々とできない事。 足に疵 疵(きず) 傷と同じ意味に使用される事もあるが 疵の場合は欠点などにも使用される。 瑕疵やあやまちの意味。 [0回] 脛一本腕一本 すねいっぽんうでいっぽん 自分の身体以外に頼れるものがないという事。 権力や財力があるわけではなく 自分の体一つだけで助けてくれるものもないという事で 他人に頼らず我が身だけが信じられるという状況から。 腕一本脛一本 腕(うで) 一般的には肩から手首までの肉体の事。 また、技能やスキルなどの意味にも使用される。 脛(すね) 膝からくるぶしまでの肉体の事。 また、労働できる事の象徴として使用される事もあるそうです。 [0回] 酢につけ粉につけ すにつけこなにつけ 様々な機会に同じような行動をする事。 なにかにつけ。 何かのきっかけのたびに。 酢につけ味噌につけ 酢にあて粉にあて 酢にひき粉にひき 杵にあたり棒にあたり 酢につけ酒しおにつけ 何かにつけ(なにかにつけ) 機会があるごとに行う事。 些細なイベントのたびにいつも行う事。 何彼につけともいい、何彼とはあれこれやいろいろの意味。 [0回] 砂原は三里行けば二里戻る すなはらはさんりゆけばにりもどる 砂地は何の障害物も無いのでとても歩きやすいように見えるが 足が沈んでしまったり、砂が崩れて不安定な場合もあり とても歩きづらいのだという事。 三里歩いたつもりでいても砂地では一里くらいしか歩けていないという事から。 砂道ありく如し 砂原(すなはら) 砂ばかりの平地の事。 風により砂が集まってできたものが砂丘と呼ばれる。 [0回] 砂の底から玉が出る すなのそこからたまがでる 無価値なものの中に価値あるものが紛れ込んでいる事。 どうしようもない物の中に貴重品が混ざっている事。 砂の中に宝石のように光る価値あるものが埋もれている状況から。 砂の中の黄金 珠玉の瓦礫に在る如し 藪に黄金 玉(たま) 宝石や真珠。 また、優れて美しいもの。 [0回] 棄てる子も軒下 すてるこものきした 親の子に対する愛情や慈しみを言ったもの。 事情があり子供を捨てる時に雨などに濡れてしまわないよう 軒下に置いて残していく子供の無事を考えるものだという事から。 棄てていく子でも その後の事を親は心配しているのだという事。 軒下(のきした) 家の外壁よりも出っ張っている屋根の部分の事。 雨宿りなどできるスペースの事。 [0回] 棄てる神あれば助ける神あり すてるかみあればたすけるかみあり 世の中には自分を相手にしてくれない人もあれば 親切に接してくれる人もいるものだという事。 これは状況の変化により表れやすく 困ったことが起きた時に 今まで仲良くしてくれていた人が非情な態度になったり これまであまり付き合いの無かった人が親身に助けれくれたりするという事。 環境が変化すると敵に変ずる人もいるが それを助けてくれる人もいるものだという事で 世の中はそれほど悪い事ばかりではないという事。 棄てる神あれば拾う神あり 倒す神あれば起こす神あり 渡る世間に鬼はない 寝せる神あれば起こす神あり [0回] 棄て物は拾い物 すてものはひろいもの 他人が不要と思い放棄したものは 落とし物とは違い拾った人のものであるという事。 例としてゴミ捨て場に捨ててあるものは 持ち主が放棄した物であり そこから使えるものを持って行っても犯罪にならないという事。 これが落し物や紛失物であれば 届け出ないと犯罪が成立するので注意が必要。 拾い物(ひろいもの) 物を拾う事。 また、予期していなかったような幸運などにも使用される。 [0回]